施設概要
沿革

岡崎市郷土館は大正2年(1913年)に「額田郡公会堂」として建設され、大正5年岡崎市制の施行に伴って「岡崎市公会堂」と改称され、昭和44年「岡崎市郷土館」に転用されました。
平成22年4月より閉館しています。現在は、隣接する作業棟(管理事務所)にて旧額田郡公会堂・物産陳列所の建物を紹介する展示を行っています。
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大正2年 |
現在地に額田郡公会堂(郷土館本館棟)、現在のせきれいホール事務所棟の位置で南向きに額田郡物産陳列所(郷土館収蔵庫棟)、陳列所西隣りに看守室(郷土館作業棟)が建てられる。 12月19日、公会堂・物産陳列所竣功式。同日、額田郡役所より記念誌『額田郡治一班』が発行される。 |
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大正5年 |
7月1日、市制施行により岡崎市公会堂・岡崎物産陳列所と改称。 ・公会堂は額田郡会議事堂のほか、各種の会合に使用された。 (ラジオ知識普及活動写真会、岡崎石工組合総会、思想善導講演会など) ・物産陳列所は地方産出の商品・工芸品を陳列。夏期には夜間も開場していた。 ・昭和初期には、初めての普通選挙投票所(昭和3年)となった。 ・戦時中は岡崎市・額田郡の徴兵検査場として使用。配給物資の配布所にもなる。また金属回収置場として前庭(せきれいホール駐車場)が使用され、この際に建物天井などの室内装飾品が取り外され供出となる(昭和17年)。 ・戦後は戦災で焼失した県の地方事務所(現県西三河事務所)が一時使用。市水道局が置かれていたこともある。引き続き各種会合場所として使用され、特にダンスパーティー会場として、社交ダンスを習ったことを記憶している人も多い。 |
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昭和36年 |
勤労会館(現せきれいホール)建設に伴い、物産陳列所を北向きにして現在地に移す。同時に看守室も現在地に移築。移築後は、 空手拳闘道場として剣道・ボクシング・空手の屋内体育場として利用され、市役所職員採用試験の会場にもなる。 |
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昭和44年 |
市民会館のオープン(昭和42年6月)により、岡崎市郷土館として開館。 |
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昭和52年 |
前年に岡崎市体育館が開館したため、物産陳列所はこの頃から文化財収蔵庫としての使用を開始。 |
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平成11年 |
郷土館開館30周年を迎える。 12月1日、国の重要文化財に指定。 |
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平成12年 |
1~3月、外装改修工事を実施する。 |
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平成15年 |
額田郡公会堂・物産陳列所が建てられてから90年を迎える。 |
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平成22年 |
建物の耐震補強および経年劣化に対する保存事業のため4月1日から閉館中。 |
重要文化財に指定されています

旧額田郡公会堂及び物産陳列所(現岡崎市郷土館及び収蔵庫)は国の重要文化財に指定されています。
※岡崎市の重要文化財建造物指定件数は13件、市内の指定文化財件数は、国・県・市合わせて303件となります。
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旧額田郡公会堂・旧額田郡物産陳列所に関する資料収集について
本市では両建物に関する理解を深めるため、下記資料について探しています。
■大正2年創建時における設計図や建物工事に関わった人に関する資料。
■額田郡公会堂、額田郡物産陳列所、岡崎市(中央)公会堂、岡崎物産陳列所または岡崎市立商品陳列所として利用された時代(昭和44年の岡崎市郷土館開館まで)についての写真、記念絵はがきなど、建物の歴史及び建物内での催事に関する資料。
なお、郷土館の閉館に伴い、郷土館で行ってきました従前の資料収集・寄付などに関する業務は岡崎市美術博物館で行っています。
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