長光寺のとら (小丸町)

これは、長光寺(ちょうこうじ)がつくられた時の古い古いお話です。

よいさ、よいさ。ギーコ 、ギーコ、トン、トン。きょうも、村人があせびっしょりになって働いています。

和尚(おしょう)さんは、毎日工事の様子を見ながら、本堂にりっぱならんまを作ることを考えていました。

「和尚さん、お願いだ。この仕事、世作にやらせてくれや。」きょうも、一人の老婆が一心にたのんでいます。
この老婆のむすこの世作は、村一番の大工ですが、気が向かないと仕事をしません。

村人は、「世作のうではたしかだが、いつできるかわからんでのう。」とささやき合っていました。
しかし、老婆の熱心なたのみに、和尚さんもとうとう言うことを聞き入れました。

ところが、世作はいつまでたっても寺へやってきません。たまに来たかと思うと、木の下で大いびきです。

「いったい、世作はいつになったら仕事をする気だ。」村人も心配でなりません。 

ひんやりとした秋の朝でした。コーン、コーン、トン、トン。すんだ「のみ」の音が長光寺からひびいてきました。
「おお、世作が仕事をしてるぞ。」村人はびっくりしました。老婆も大喜びです。

それから、何日かたった夕方のことです。もみじが真っ赤な日をあびてまい落ちています。

「できたぞ。できたぞ。とうとう、おれのとらができたぞ。」 世作は、玉のようなあせを手ではらいのけると、何度も何度も、らんまのとらをなでました。
「まるで生きているようだ。」 ぐっとつめを立ててにらんでいるとらの顔に和尚さんも村人も、見とれていました。 

その夜です。世作は、仕事のつかれがもとで、高い熱を出しました。そして、いく日かたったある朝、とうとう死んでしまいました。

世作が死んでから、何日もたちました。
秋も深まった夜のことです。長光寺の上には、三日月がつめたく光っています。

ウォー、ウォー、ザザザ。とつぜん、けもののうなり声が風に乗って、村じゅうにひびきわたりました。
村人は、おそるおそる見に行きました。するとどうでしょう。一ぴきのとらが、ずっしりと実ったいねの中を、ほえたて、かけめぐっているではありませんか。

パッ パッ パッ パーッいなほが金色に光りながら飛び散っています。

長光寺のとら

やがて、とらは、ウォーとひと声高くほえると、長光寺の石段をかけ上がっていきました。そっと中をのぞいた村人たちは、こしをぬかしてしまいました。さっきのとらが、本堂の前をぐるぐる回っていたかと思うと、ぱっと飛び上がり、すっとらん間の中へ消えてしまったのです。

「た、た、たいへんだ」「ら、ら、らんまにとらが」「世作がとらになったんだ」村人たちはふるえ上がりました。そして、思わず手を合わせてしまいました。 

それからというもの、月の明るい夜になると、一ぴきのとらが長光寺からぬけ出ては、あばれ回りました。こまった村人たちは、何度も何度も相談をしましたが、よいちえがうかびません。

そこで、とうとう和尚さんにたのみました。和尚さんは、「このとらは、世作のたましいがうつったにちがいない。」と言って、世作が大事にしていたのみを包んだきれを持ってきました。

そして、そのきれで一本のひもを作ると、「世作、もう二度と出てくるでないぞ。」とつぶやきながら、らんまのとらの足をぎゅっとしばって、ていねいにお経をあげました。

村人たちも、世作のたましいが安らかにねむるようにと、一心にいのりました。
それから、とらは、二度と長光寺から出ませんでした。

長光寺のとら