矢作りの里 (矢作町)

むかしむかしのお話です。
ここ三河の国、蓬(よもぎ)の里に、遠く大和の国からたくさんの兵士をつれた日本武尊(やまとたけるのみこと)がやってきました。

尊は兵士を休めると、さっそく武器を調べ始めました。
「矢がたりないな。」尊がそうつぶやいたときです。

ぼろぼろの着物を着た男が、尊のうしろから弱々しい声でかたりかけてきました。
「おねがいです。この里のものは、あの高石山(たかいしやま)に住む賊に苦しめられて困っております。どうか、退治してください。」 

尊は男が指さした方向をじっと見つめてから言いました。「よし、わかった。安心するがよい。きっと退治してやる」 
尊は、すぐに命令をしました。「矢竹をさがせ。急いで矢をつくるのじゃ。」

兵士たちは、さっそく矢が作れそうな竹をさがし始めましたが、なかなか見つかりません。 

尊は、いらいらしながらまっていました。もう日がくれようとするころやっとひとりの兵士が尊の前に走ってきました。
「矢竹が見つかりました。しかし、川の中にあるために取りにいけません。いかがいたしましょう。」
尊が行ってみると、はるか向こうの中洲に、数千本はあろうかと思われる竹が生えていました。

しかし、兵士が言ったとおり、川の流れがはやく行けそうにもありません。
尊は、およぎのとくいな兵士に命じて取りに行かせましたが、川の中ほどまで行かないうちに流されてしまいました。川の流れのはやさは賊に味方をしているようです。

尊は、自分の運のなさをなげきました。
それから、一心にいのり始めました。「素盞鳴命(すさのおのみこと)樣、どうかお助けください。苦しんでいる里の人たちを見すてたくありません。」 

それから、どのくらい時間がたったでしょうか。尊が頭をおこしてみるといつの間にか、目の前に、一匹のおおきな白いちょうがきていました。

「おや、こんな季節に。」兵士たちも、しきりにふしぎがって、ささやきあいました。
と、その時です。とつぜん、白いちょうがかがやき始めました。あまりのまぶしさに、尊も兵士も思わず目をつむりました。

しばらくして、おそるおそる目をあけた人々の前にあらわれたのは、光かがやく着物を着た一人の老人でした。
その手には一ふりのつるぎがにぎられていました。
つるぎをもった老人

「さあ、何をぐずぐずしておるのじゃ。竹を取ってきてやるから、急いで矢を作り、賊どもをせめほろぼすのじゃ。」 
老人はそう言うと、水の上を歩いて中洲へわたり、つぎからつぎへと竹を運んできました。

それは、ほんの、またたく間のできごとでした。兵士たちは、喜びいさんで矢を作り始めました。
そして、またびっくりしました。ふしぎなことに、自分の手が、目に見えないほどのはやさで動くのです。

おかけで、つぎの朝の一番鳥が鳴くまでに、一万本以上の矢ができあがりました。
「われわれには、素盞鳴命様がついているぞ。さあ、いっきに賊どもをせめほろぼすのだ。」
「おおっ、おおっ。」
尊のよびかけにおうじる兵士たちの声は、まるでかみなりのように、向こうの山々にひびきわたりました。
そして、高石山に向かって、なだれのようにせめこんでいきました。

半ときがたちました。尊の軍ぜいが通りすぎたあとには、一人の賊もみあたりませんでした。
「ありがたいことじゃ。さすが日本武尊様じゃ。」里の人々は、口々に尊をほめたたえました。

このようなことがあってからこの土地は、矢作の里とよばれ川の名も矢作川とよばれるようになったそうです。
今でも、矢作神社には、日本武尊が矢竹を取ったという竹やぶが残っています。

矢作神社の竹やぶ